about K B C

昔ながらのお店もあれば、フランス系の飲食店や目新しいカフェも増え、ふと覗きたくなる蠱惑的な路地が縦横に走る神楽坂。

昼も夜も人通りの絶えない華やかな街ですが、ここは夏目漱石が毎日のように坂道を上り下りし、尾崎紅葉ら硯友社一派が立てこもり、泉鏡花が芸者に惚れこんだ文藝の街でもあります。

田山花袋が何度も引越しを繰り返し、永井荷風は夜になると出没し、島崎藤村が大失恋して、佐藤春夫江戸川乱歩や古今亭志ん朝も住み、色川武大が生まれ育ち、吉行淳之介井上ひさしが原稿用紙を注文し、野坂昭如が、開高健が、山田洋次が、五木寛之が「旅館和可菜」や「新潮社クラブ」でカンヅメになってきました。

出版、印刷、製紙、製本の会社なども多く存在しています。

そんな伝統と変化が共存する街の「おかみさん会」や新潮社、書店、あるいは在住・在勤者など地元有志がわいわい相談するうちに、「神楽坂ブック倶楽部」を結成することに致しました。

「ブック」と銘打ってはおりますが、活字周りにこだわらぬさまざまなイベントを催しながら、街と本の魅力を広く訴えていくつもりです。

みなさんも、ぜひ参加してください!

公式キャラクター

神楽坂ブック倶楽部公式キャラクターです。名前はまだにゃい。
路地の多い神楽坂の街で、文学のかおりをかぎつけます。

夏目漱石家に迷い込んだ福を呼ぶ黒猫の末裔

自称:夏目漱石家に迷い込んだ福を呼ぶ黒猫の末裔。
本のにおいが好き。

夏目漱石と猫

夏目漱石の処女作『吾輩は猫である』の語り手である猫にはモデルがいました。その猫との出会いは漱石の妻・鏡子夫人の回想録『漱石の思い出 夏目鏡子述 松岡謙筆録』(文春文庫)の中に次のように描かれています。

 

この(昭和三十七年)六、七月、夏の初めごろかと覚えております。どこからともなく生まれたていくらもたたない小猫が家の中に入ってきました。猫嫌いのわたくしはすぐに外へつまみ出すのですが、いくらつまみ出しても、いつかしらんまた家の中に上がってきております。(中略)幾度残酷につまみ出されたり、放り出されたりしたか知れやしません。がなんとしてもずうずうしいと言うか、無神経と言おうか、いつの間にやら入り込んで、第一気にくわないのはご飯のお櫃のうえにちゃんと上がっておることです。(中略)ある朝のこと、例のとおり泥足のままあがり込んできて、おはちの上にいいぐあいにうずくまっていました。そこへ夏目が出てまいりました。
「この猫はどうしたんだい」(中略)
「なんだか知らないけれども家へ入ってきてしかたがないから、誰かに頼んで捨ててきてもらおうと思っているのです」と申しますと、
「そんなに入って来るんならおいてやったらいいじゃないか」
という同情のある言葉です。ともかく主人のお声がかりなので、そんならという訳で捨てることは見合わせました。それから猫は大いばりで相変わらずおはちの上にのぼったり、腹這いになって夏目が朝新聞をよんでいると、のそのそ歩いて行ってはちょうど背中の真ん中に乗ってすましております。(中略)
ところがある時、よく家にくるいつものお婆さんの按摩が参りました。膝にくる猫を抱き上げて子細にしらべ上げておりましたが、突然、
「奥様、この猫は全身足の爪まで黒うございますが、これは珍しい福猫でございますよ。飼っておおきになるときっとお家が繁盛いたします」
とこう申します。(中略)福猫が飛び込んできたと言われてみればなんとなく嬉しくもあるので、せっかく来たのを捨ててはとそこは現金なもので、その日から前のように虐待もしなくなり、(中略)今度はあべこべに私が自分から進んで、女中のやった御飯の上におかかをかけてやったりして、だいぶ待遇が違って参りました。

 

この年の暮れに発表した『吾輩は猫である』の大ヒットによって、漱石の作家としての地位は盤石のものとなります。たしかにこの黒猫は夏目家へ福を運んできたのかもしれません。