文楽

たびたびこちらに掲載していますが、週末は日舞のお仲間と、今年最後の文楽へ。
今月は通常の本公演と違って「文楽教室の会」「文楽公演の会」で構成されています。
私は14:00からの文楽公演へ。嬉しい。私が好きな時代物。
演目は「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」。

配役を見ると、通常に比べて太夫さんが全体的に若いな。
とは思っていたのですが、気づきませんでした。
12月公演はいつもそういう配役になっているんですって。
若手を育成するための公演でもあるんですね。

今回の公演は「陣門の段」「須磨浦の段」「組討の段」「熊谷桜の段」「熊谷陣屋の段」とたっぷり。
ラストの伏線となる組討の段、面白かったな。
直実と敦盛と馬上で組合い、転げ落ちたところを人形の見事な早変わりによってより立体的に場面を魅せるという、話の筋以外でも面白い仕掛けがあるのです。
陣門の段で若さを際立たせていた息子・小次郎と敦盛の姿を重ねた直実の心の内や、それまでの段でも深慮ない下衆な姿を見せつけていた平山も後で必要な役だったとか、とにかく、ここ大事な段。
熊谷桜の段では、郷里に残した直実の女房・相模が戦の陣屋に来てしまうわけなんですが、そこに昔、世話になった敦盛の母・藤の局も現れる。
もうイレギュラーな登場人物勢揃い。
事が起こらないわけがない。

そして、熊谷陣屋の段を迎えるわけです。
やっぱり時代物の要素がたっぷり入って面白い。
そう、主君や恩人のために、我が子の命を差し出す。まったく理解できないけど。
主君・義経が実は陣屋に控えていて、その場で敦盛の首実検することになる。
蓋を開けた首を見て「待って!うそでしょ!」と走り寄る女房をねじ伏せ、「うちの敦盛!」と走り寄ろうとする藤の局も制札で遠ざける。
鬼気迫る場面。
「え。もしかして、身代わりに息子差し出したの?
でもって、義経も了解してる話なわけ?
平山が無駄にあそこにいた理由はみんなに信じさせるためだったの?
え、でもどこで入れ違えたの?あ、あの場面?」
と、全てが繋がる。スゴイ。
いやー、面白かったし凄まじかった。

終演後に、三味線の藤蔵さんご夫妻と一門で食事に行ったんですが、そこでの藤蔵さんのお話が印象的でした。陣屋に帰ってきたら、まさかの女房が来ている。我が子を手にかけた直実にとっては不測の事態。
更に、義経が熊谷陣屋に来ていることによって女房の目の前で首実検を行わなくてはならなくなる。
「シーンが先であっても、これまでの苦悩、これからの大事の渦中に直実は居る。
それを本のアタマの『相模は障子押し開き〜』からすでに言葉でない部分で語っていなくてはならない。
それが太夫だ。」
ふぉぅ…。重いなぁ。だから、感動するんだなぁと、今年も良い締めくくりになりました。

帰宅して、床本集も読み直し。
重ねた言葉の美しさ、緊迫感のあるシーンの迫力。
ああ、文楽面白いなぁ。
来年の4月の大阪公演は義経千本桜の通し狂言だとか。
行きたいなぁ。