彦三権現誓助剣

多趣味、と言われる私ですが、そういうつもりはなく、音楽と日本の伝統文化の間の行ったり来たりに映画や舞台や展覧会が入り込んでくるだけでして。

 

 

先週末は同僚の忌野清四郎ライブに行って、こぶしを振り上げてました。

ウィークデーは通常通り稽古に行ったり寄席に行ったり。

おとといはウォーキングの通り道の工芸館にふらっと入ってみました。(いやぁ、鷹、圧巻でした。ガラス越しじゃなく見られるのってすごい!)

夜は友人が企画した清志郎追悼ライブに行って「ステージからフロアを見るとすぐ知れるそのハイテンション」と言われ。

そして、昨日、待ちに待っていた文楽公演です。

 

 

今回はなんと、観劇の前に三味線さんが自分が出演する段を解説してくださる茶話会に参加することが出来たのです。

この「彦山権現誓助剣」が東京で文楽公演されるのは十数年ぶり、大阪では三十数年ぶりだそうです。

藤蔵さんが出演されるのは「瓢箪棚の段」。

前々から文楽を見ていて思うのですが、メチャメチャ下ネタを普通に語ってるんですよね。こういう時に、ああ、やっぱりエンターテインメント、大衆のための芸能であるんだなぁと感じます。

この段は特にそのシーンが長いので、床本を見るだけでニヤリとしてしまった。

三味線さんの解説、ということで、やはり興味深かったのは、「この部分は別の作品の●●と同じ旋律が使われる。なぜか。」という話であるとか、「この作品は後期なので、通常の気持ち良いツボではない、ちょっと不協和音のような旋律が出てくる」という話。

この不協和音の話とか、今の音楽シーンでもありますよね。

その時代において、ちょっとプログレみたいな感覚で作曲されたのかしらん、なんて妄想をしながら解説を聞いておりました。

パンフレットでも端折られている(全段の後半部分のみなので、登場しなかったりする)人間関係の説明を受けての、いざ、観劇。

一部は吉田玉助さんの襲名披露興行なので、ロビーがにぎやかです。

さぁ、始まりますよ!

今回は須磨の浦の段からなのですが、通しで見てみたい作品です。

結構、話が細かく展開するのですが、要は京極内匠に剣豪の父親をだまし討ちにされた姉妹の敵討ちです(盲目の弟は敵討ちが出来ないことを無念に思い自刃した)。

姉のお園は女丈夫で腕に覚えがある。妹のお菊は病弱な上に弥三松という幼子連れ。

瓢箪棚では、辻君(ヨタカ)の振りをして敵を探すお園がバッタリと家来に出会い、お菊の最期を聞き、敵に出会うまでが描かれています。

この段が本当にスペクタクル。

責任を感じた家来が切腹するシーンの三味線には心臓をえぐられたし、因縁により京極内匠に出会うシーンでは明智光秀の亡霊が出てきたりしちゃう。

ここからは三味線も人形の動きも激しくなって、両者が切り結ぶ中、人形遣いが瓢箪棚に実際に上がり、しかも棚からそのまま跳び降りるという。

なんてアクティブ。

後半もストーリーとして面白い。

色々あって同行の家来を殺された弥三松を救った男・六助が実は父親の弟子で、お園と一緒になって家を継ぐようにと定められた許嫁ということが判明。

それが知れた途端にコロッと可愛くなるお園の豹変ぶりが滑稽で可愛らしく、本当に、人形遣いの吉田和生さんのこういう感じ、すごく好きなんですよね。ほっこりするなぁ。

結局、六助も京極内匠に騙されたことがわかり、怒り心頭、お園たちに見送られて京極内匠を討ちに行くところでお話は幕を下ろします。

 

 

東京公演は毎回見てますが、この演目も面白かったなぁ。

よく落語でも義太夫を扱った話がありますが、床本を読んだり公演を見たりすると、自分でも唸ってみたいような。

今年はどこかワークショップを見つけて参加してみたいと思います。

あ、また、趣味が増えたと言われてしまう。