新潮社の装幀展「解説のようなもの」

展示本をめぐって――新潮社装幀部・黒田貴さんとの会話

 ──今回展示されているのは基本的にわたし(神楽坂ブック倶楽部・楠瀬)の蔵書からなので、極めて偏っています。ご来場の方におかれましては、セレクトについて新潮社ないし新潮社装幀部が関わっていないことをまずご諒承ください。さて、今回の展示のメインである「函入り布クロス装」について伺いますが……。

黒田 函入り布クロス装なんて言うと、ものものしく聞こえるかもしれませんが、昔はそれが文藝書のごく標準形だったそうです。標準はほんの少しだけ大げさにしろ、ちゃんとした本はみんなそうでした。布装の本体にグラシン紙(薄い半透明の紙・以下グラシン)を巻いて、函へ入れていましたよね。で、布には直接印刷しにくいから、箔押しでタイトル、著者名、出版社名を入れる。

 ──展示している「第三の新人」の作家たちの代表作、島尾敏雄さんの『死の棘』(初版=以下同、一九七七年)、吉行淳之介さんの『夕暮まで』(七八年)、安岡章太郎さんの『流離譚』(八一年)がいずれもそうですね(グラシンは取っちゃっていますが)。開高健さんの自伝的小説『耳の物語』二部作(八六年)もそう(函の下の仕掛けが楽しいので、ぜひご覧ください)。
さらに遡って、石川淳『荒魂』(六四年)も武田泰淳『快楽』(七二年)も、三島由紀夫さんの最後の「豊饒の海」四部作『春の雪』(六九年)、『奔馬』(六九年)、『暁の寺』(七〇年)、『天人五衰』(七一年)もむろん同じです。こちらは函の中の本体にグラシンではなく、カバーがかかっていて、自決後に刊行された最終巻のカバー画は三島夫人の手によるものです(ちなみに言い添えますと、みなさんがつい「表紙」と呼んでいるものはカバーです。オビはカバーにかかっています。カバーを外した本体の表が「表紙」なんです。表1とも言います。表紙をあけたところが「見返し」。後ろ側の表紙は裏表紙、表4とも呼びます)。

黒田 この四部作の本体は布装も布装、全巻色違いのサテンですね! 凄いなあ。総タイトルの「豊饒の海」を背の下の方へ入れていますが、この何でもないデザインもいいんですよね。

 ──函には入っていませんが、向田邦子さんの直木賞受賞作『思い出トランプ』(八〇年)も遺作になった『男どき女どき』(八二年)も布クロス装です(カバーを外すとわかります)。

黒田 『思い出トランプ』は新潮社装幀室(当時)の仕事ではなく、カバーを描いた画家・風間完さんの装幀ですが、素敵ですよね。タイトル文字が読みにくいとか、タイトルと装画の関係がわからないとか、一見いろんなツッコミどころがありそうなのに、実に素晴らしい、記憶に残る名装幀です。

 ──最近の直木賞受賞作で(直木賞に限りませんが)布装の本は記憶にありませんよね。これは要するに……。

黒田 要するに、昔はコストが安かったから、です。

 ──身も蓋もない(笑)。でも、真実ですね。

黒田 昔だって、本はそんなに大量に作られる商品ではなかったわけです。本は大量生産される工業製品ではなくて、何百部とか何千部、せいぜいが数万部で版を重ねるもので、多くの部分は手作業で作られてきました。これはつまり職人仕事ですよ。職人の手による商品、作品です。だから、昔の本は背文字とか、函の貼り方とかが一冊一冊微妙に違っていても許された。許されたというより、それが「味」として通用していたし、読者も当たり前の事として受け入れていたんですね。
 それが、むちゃくちゃ短絡的に言うと、バブルがあって、製本所や印刷所などを維持していくよりもマンションひとつ建てた方が儲かるぞとなって、高齢化も進んだし、どんどん本に関わる工場や職人さんの数が減っていったんです。むろん現在でも函を作れる職人さんは少しはいらっしゃいますよ。高級な時計やチョコレートの函とかを作ってる。でも、本は函にそんなにお金をかけられないわけです。布も高くなりました。だから、ここに展示されている函入り布クロス装の本の数々は、本がいわゆる「本らしい」装幀を普通に作る事ができた最後の時代のものだと言っていいと思います。まあ、何が「本らしい」のかは時代で変化するものなので、あくまで私たちが思う「本らしい装幀」という意味です。

 ──黒田さんに函入り布クロス装の展示をするんだけどと相談した時、すぐに名前が挙がったのが宮尾登美子さんの『春燈』(八八年)でした。

黒田 田村義也さんの装幀です。『菊亭八百善の人びと』(九一年)もいいけど、『春燈』はうっとりします。布の手触りも色も書体も素晴らしいですね。本扉も凝っていて、活版文字を使っているのかな。今、これを再現したら、定価一万円じゃ全然無理なんじゃないかな。

 

 ──黒田さんが装幀した函入り布クロス装を何か、例に挙げて下さい。

黒田 採算をほぼ度外視して、年配の編集者が最後の本として熱情を込めて作ったジョン・アップダイクの『ラビット・アームストロング四部作』(九九年)があります。アメリカの作家アップダイクの代表作『走れ、ウサギ』『帰ってきたウサギ』『金持になったウサギ』『さようならウサギ』の四部作五〇〇〇枚を纏めたものですね。厚くなりすぎるので、二巻にして一つの函に収める形にしました。

 ──これはすさまじい……。十八年前で二万円ですよ! しかし、それでも二十世紀末にはまだ出版界に余力があったということでしょうか。布に印刷しにくいと先ほど仰ってましたが、表紙はアップダイクの写真ですね。

黒田 布装は紙を裏打ち(裏に貼る)しているので、古い印刷機を使うとなんとか印刷できるんです。今の印刷機では刷れません。見本が残っていたので、持ってきました。もうひとつ、同じ頃の『ブルーノ・シュルツ全集』(九八年)も同じスタイル、函に二冊本を入れるという形で作りました。これは工藤幸雄さんの長年の研究が実った本で、読売文学賞を受賞しました。これの表紙は手触りが布っぽいのですが、布ではなく不織布を使ったものです。これも廃版でもう使えません。

 ──黒田さんの装幀から離れますと、大江健三郎さんの『「雨の木」を聴く女たち』(八二年)も安岡さんの『私の?東綺譚』(九九年)も布に、武満徹の楽譜や木村荘八の絵を印刷しています。

黒田 大江さんのは司修さんの装画、装幀ですね。美しいですよねえ。

 ──だいたい「ウサギ四部作」のあたりが、布装の本がなくなっていく時期でしょうかね。いかにも新潮社の文藝書という感じがする辻邦生さんの『西行花伝』(九五年)の本体表紙が紙になっています。

黒田 ただ、風合いがあったり、いい紙も増えたんですよね。この『西行花伝』も素晴らしい装幀です。

 ──この本のことではないのですが、古い本をいろいろ触ってから今の本を触ると、微妙に、表紙の芯になっているボール紙が柔らかくなった気がしません?

黒田 確かに昔は板紙だったので固いんですよ。ぐっと握りしめたり、曲げようとしたりする時の抵抗感が少し違いますね。でも、こんな本をあまり曲げようと思わないでしょうから、まあ(笑)。

 ──布でも函入りでもないけれど、装幀の傑作といえば筒井康隆さんの『ロートレック荘事件』(九〇年)。

黒田 これは平野甲賀さんの装幀。平野さんが装幀した数ある本の中でも、これと木下順二さんの『本郷』(講談社)が二大傑作だと思っています。カバーはトレーシングペーパーですが、簡単に破れないように裏にPPを貼っています。これ、表側にPPを貼ってしまうと、味も何もなくなってしまう。見えそうで見えないロートレックの絵の雰囲気が素晴らしいですね。平野さんの文字も文字の置き具合も最高。本体は布でこそないけど、背と平(表1と表4)が別パーツの〈背継ぎ表紙〉になっていて美しいです。これも手間とお金がかかるからなかなかやれない(笑)。

 ──平出隆さんの『伊良子清白』(〇三年)も函に二冊入るスタイルで、本体が背継ぎ表紙になっています。

黒田 きれいな本ですよね。帯に文学賞だけでなく、装幀の賞まで刷られているのは、平出さんが装幀にも関わられたからでしょうね。

 ──平野甲賀さんは「新潮ミステリー倶楽部」というシリーズの装幀設計もやられました。船戸与一さんの『蝦夷地別件』(九五年)を持ってきましたが……。

黒田 平野さんは全体の基本デザインをされて、この作品自体は装幀室のデザイナー(その後独立された緒方修一さん)が担当しましたが、鋭さも安定も大作感もあって、いいデザインですよね。このシリーズは背表紙のタイトル下に作家の指紋を押すのが定型だったんです。そんなこと、いろんな意味で今ではもう考えられませんが……。

 ──ゴシップですが、船戸さんは担当編集者に「おれの指紋はさんざん警察にとられたから、もういい。お前が押しとけ」と言ったそうです。だから、これは新潮社の某編集者の指紋(笑)。もう一冊、武満徹さんの『サイレント・ガーデン』(九九年)。これは何と、函が布!

黒田 これは布じゃないんです。包装用の特殊な紙らしい。これは前からも後ろからも読める本ですね。仮に「滞院報告」という闘病日記を前とすると、後ろは絵入りレシピ集の「キャロティンの祭典」になっている。この紙はこれ以外の本で使われたことないんじゃないかなあ。これも今やなかなか再現できない、凝りに凝った本です。

 

 ──次は「純文学書下ろし特別作品」のコーナーです。一九六一年、石川達三さんの『充たされた生活』に始まり、二〇〇〇年の島田雅彦さんの『彗星の住人』まで四十年間(いまのところ)続いたシリーズです。全六十三作品を集めてみました。文字通り、時代を代表する作家たちにじっくり長編小説を書下ろしてもらおうという企画で、「ザ・純文学」という匂いが濃厚にする叢書でしたね。現代文学で、長篇小説が主軸になったのはこのシリーズがあったからだ、という言い方もされています。

 せっかくなので刊行順のリストを掲げておきましょう。

『充たされた生活』石川達三(六一年)
『浮き燈台』庄野潤三(六一年)
『恋の泉』中村真一郎(六二年)
『砂の女』安部公房(六二年)
『花祭』安岡章太郎(六二年)
『遠い海の声』菊村到(六三年)
『個人的な体験』大江健三郎(六四年)
『聖少女』倉橋由美子(六五年)
『沈黙』遠藤周作(六六年)
『白きたおやかな峰』北杜夫(六六年)
『燃えつきた地図』安部公房(六七年)
『海市』福永武彦(六八年)
『輝ける闇』開高健(六八年)
『懲役人の告発』椎名麟三(六九年)
『橋上幻像』堀田善衛(七〇年)
『化石の森』上・下 石原慎太郎(七〇年)
『回転扉』河野多恵子(七〇年)
『酔いどれ船』北杜夫(七二年)
『恍惚の人』有吉佐和子(七二年)
『箱男』安部公房(七三年)
『死海のほとり』遠藤周作(七三年)
『洪水はわが魂に及び』上・下 大江健三郎(七三年)
『四季』中村真一郎(七五年)
『ある愛』中村光夫(七六年)
『火山の歌』丸山健二(七七年)
『密会』安部公房(七七年)
『夏』中村真一郎(七八年)
『比叡』瀬戸内晴美(七九年)
『同時代ゲーム』大江健三郎(七九年)
『侍』遠藤周作(八〇年)
『帰路』立原正秋(八〇年)
『秋』中村真一郎(八一年)
『裏声で歌へ君が代』丸谷才一(八二年)
『装いせよ、わが魂よ』高橋たか子(八二年)
『勇者は語らず』城山三郎(八二年)
『地の果て 至上の時』中上健次(八三年)
『虚航船団』筒井康隆(八四年)
『冷い夏、暑い夏』吉村昭(八四年)
『方舟さくら丸』安部公房(八四年)
『冬』中村真一郎(八四年)
『路上の人』堀田善衛(八五年)
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹(八五年)
『スキャンダル』遠藤周作(八六年)
『ぼくたちの好きな戦争』小林信彦(八六年)
『アマノン国往還記』倉橋由美子(八六年)
『仮釈放』吉村昭(八八年)
『みいら採り猟奇譚』河野多恵子(九〇年)
『時を青く染めて』高樹のぶ子(九〇年)
『世界でいちばん熱い島』小林信彦(九一年)
『冬の蜃気楼』山田太一(九二年)
『マシアス・ギリの失脚』池澤夏樹(九三年)
『怪物がめざめる夜』小林信彦(九三年)
『青春』林京子(九四年)
『ムーン・リヴァーの向こう側』小林信彦(九五年)
『「吾輩は猫である」殺人事件』奥泉光(九六年)
『アニマル・ロジック』山田詠美(九六年)
『争いの樹の下で』上・下 丸山健二(九六年)
『終りなき祝祭』辻井喬(九六年)
『敵』筒井康隆(九八年)
『高らかな挽歌』高井有一(九九年)
『虹よ、冒涜の虹よ』上・下 丸山健二(九九年)
『血の味』沢木耕太郎(二〇〇〇年)
『彗星の住人』島田雅彦(〇〇年)

黒田 さすがに凄い作品ばかりですね。

 ──『恍惚の人』の大ベストセラーがあった翌七三年に、『箱男』『死海のほとり』『洪水はわが魂に及び』と固まって出ているのもすさまじいですね。個人的には、高校生だった頃の『地の果て 至上の時』『虚航船団』『冷い夏、暑い夏』『方舟さくら丸』『冬』『路上の人』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という連打の印象が強いです。装幀的にはどうでしょう?

黒田 函はオビのかわりという扱いですよね。函の表に作家の顔写真とコメント、裏に推薦文、というのは今の単行本のオビと同じ考え方です。そのかわりちゃんと本体にカバーが巻いてある。デザインとしては、函がストイックな分、カバーは少し派手な色使い。しかし、カバーを外すと、オーソドックスな落ち着きがある布装でタイトルを箔押し、という寸法ですね。筒井さんや村上さんのあたりから、函にも絵が使われるようになったのは時代の要求でしょうか。最後の方は函もなくなったし。

 ──函もカバーも外して、いわば裸にしても、いい感じの装幀が多いですよね。

 

 ──最後は比較的最近の全集や特装本です。今や、あまり贅沢な作りが許されなくありつつあるブックデザインですが、全集なんかはまだ自由というか……。

黒田 全集自体が贅沢な高級品だし、後世に残すものだという役目がありますからね。

 ──『阿川弘之全集』(〇五年~〇七年)も『大江健三郎小説』(九六年~九七年)も『井上ひさし全芝居』(八四年~一〇年)も金の箔押しを惜しげもなく使っていますね。『全芝居』の方は、「大入」の箔まで押してある凝りようです。

黒田 『三島由紀夫全集』(〇〇年~〇六年)の本体は、金箔と色箔の二回押しをしていますよ。『トマス・ピンチョン全小説』(一〇年~一四年)のこのカバーの英文タイトルに箔を使っていますが、カバーを外した表紙のタイトル、著者名をレインボー箔で押しています。

 ──『ガルシア=マルケス全小説』(〇六年~一四年)はカバーを外した本体の表紙の手触りが好きで、よく買いました。

黒田 これはプライクという高い紙です。そこに黒の箔押し。この『全小説』は、本扉の前に挟んであるチョコレート色のグラシン紙(ブーブー紙)が見どころ、触りどころです。薄すぎて静電気が出ちゃうので機械では貼れなかったんですよ。だから全部、手貼り。
『安部公房全集』(九七年~〇九年)はタイトルを金属のプレートにしたところもいいんですが、函の内側が本人撮影の写真になっているのが見どころです。写真を印刷した側が内にくるように折っている。『ヘミングウェイ全短篇』(九六年)は函が最高ですね。蓋の部分、切り欠けのところにもきちんと貼られているし、上も下も微妙に段をつけているでしょう? コンピュータで指定して、工業製品として大量に作るなら可能でしょうが、この函屋さんの手作業の緻密と繊細のすさまじさたるや……。

 ──あまり自慢というか苦労話になるので触れたくないかもしれませんが、黒田さんの関わった全集に新しい『小林秀雄全集』(〇一年~一〇年)があります。これこそ、手に取っていろいろ確かめてもらいたいのですが、函自体は白なんですよね?

黒田 函の裏に新潮社のマークを入れているだけで白い函なんです。基本的な考え方としては、オビも函のカバー(カバーの表1には小林さんの写真を全巻使いました)も外して、さらに本体のグラシンも取ってほしいんです。捨ててかまわない(笑)。で、普通は本を本棚に差す時って、タイトルが見えるように函の背表紙を前にして差しますよね? でも、この場合は白い函を差したって、何の本かわかりません。だから普通とは逆に、函の背表紙を後ろにして、つまり函の中の本体の背表紙が前から見えるようにして差してほしいんです。そして、本棚の前を通るたびに、この革の背表紙を撫でる(笑)。そうすると、だんだんいい感じの飴色になってきますよ。

 ──これは革と布の継ぎ表紙ですね。どこまでも超贅沢!

黒田 またね、いい本文紙を使っているんですよ。レイド紙といって、光に透かすと美しい横線が出るんです。ところが今ではこの布屋さんも革屋さんもなくなってしまったし、紙も生産中止になったんです。だから、この全集はもう増刷できません。こればかりは本当に二度とできない。買うなら今のうちですよ、真面目な話。

 ──特装本を集める趣味はないのですが、たまたま手元にあった本を少しだけ持ってきました。
開高健さんの『夏の闇』。優れた本は何種類も出るという証拠みたいなもので、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』も三種類出ていますが(二度目の単行本は系図が付いていて分かりやすい!)、『夏の闇』もまず単行本があり(「新潮」に一挙掲載されたので書下ろしではありませんが、「純文学書下ろし特別作品」の『輝ける闇』に続く作品という意味合いで、ほぼ同じ装幀になっています)、特装本が出て、さらに直筆原稿の縮刷版まで刊行されました。文庫版も入れると四種類の『夏の闇』があるわけです。この特装本(七二年)はアンカット・フランス装で、読むのにペーパーナイフが要る。古本屋で入手したのですが、途中までしか読んだあとがありませんでした(笑)。検紙に「Ken」とサインが入っていますが、これだと古本屋で数千円出せば買えます。しかし、「私」というサインが入った本が世の中に六十冊だけあって、それは十数万円するみたいですね。

黒田 特装本なんかはたまに作っていかないと、もうノウハウがなくなっちゃうんですよね。編集も、営業も、印刷屋さんなんかもね。

 ──もうひとつ持ってきたのは、小林秀雄『本居宣長』です。単行本が最初出た時(七七年)に既に四千円したそうですが、この限定本(七九年)も製本技術の贅と粋を尽くしていますね。付録として、本文で重要な役割を果たす宣長の遺言書の精密な複製(宣長が書き直しのために紙を貼ったところまで再現してます)が入っています。最後は新潮文庫創刊百周年の時に、第一回配本(一九一四年)から五冊を複製したもの。今とは大きさが違うし、表紙の折り方も違う。

黒田 信じられない手間がかかっています。柔らかくって今よりかえって読みやすいかも。

 ──あとはもうオマケです。せっかくだから、作家の直筆もご覧頂きましょう、と。『筒井康隆全集』の購読者へのプレゼントだった直筆レプリカです(八四年)。「最悪の接触」は筒井さんの傑作短篇です。出てくる宇宙人のモデルはグラウチョ・マルクスだそうです。もうひとつは、もはや新潮社とは関係なくなりますが、野坂昭如さんが作った『ZASSHI』(九七年)。野坂さんの執筆依頼に応じた、いろんな作家の直筆原稿の見事なカラーコピー版が入っています。それぞれの作家の本に収められていない原稿もあって、かなり貴重なものです。ゆっくりご覧ください。繰返しますけど、これは「新潮社の装幀」の一部です。これが一部なんだから……。

黒田 いい本が多いですよね、と自分で言っちゃいけない。最近の新潮社の本も置いておきましょう。

 ──書店でお買い求めください(笑)。